さて、まずはステップ1の契約の識別です。
【意義】
「収益認識基準の前置き」で書いた通り、ステップ1はステップ2とともに会計処理単位を決定するための工程です。しかし、ステップ2で述べますが、会計処理単位は契約ではなく履行義務になるので、契約の識別は結果的に不要ではないかとも考えられます。ところが、ステップ3の取引価格の決定は契約単位で行われることになり、当該価格が次のステップ4で契約内の各履行義務に配分されることになるため、やはり最初に契約をしっかり識別しておく必要があります。そういう意味でステップ1はステップ3およびステップ4にも影響を与える重要な工程になります。
【主な論点】
①そもそも契約って何?
19項に契約を識別するための要件が以下のように5つ定められています。
(1)各当事者が義務の履行を約束していること
(2)各当事者の権利が識別できること
(3)支払条件が識別できること
(4)経済的実質があること
(5)対価の回収可能性が高いこと
また、20項では契約は法的強制力があることも規定されています。これを(6)とします。
(1)~(3)は会社が取引を行うのであれば通常明らかであることが多いですが、文書などで客観的に明らかになっていない場合もあります。契約(の全部または一部)は口頭や取引慣行で決まってしまうこともあり、そのような契約も認められていますが、外部の第三者(監査人など)に説明を求められたとき、その存在を証明するのに苦労することになるかもしれません。
(4)については一瞬何を言っているのかわからないかもしれません。これは売買に見せかけた取引(例えば循環取引)について収益を認識しないための要件です。普通は満たしているはずですが、基準が包括的であるがゆえにこのような要件も入れざるを得ないのでしょう。しかし、収益を認識するためには契約に経済的実質といいますか経済合理性があることを外部に証明できるようにしておかなければなりません。
(5)についても一瞬何を言っているのか分かりません。そもそも対価を回収できない相手と取引を行うことはないからです。しかし、全額ではないにしても一部回収できないことを念頭において取引が行われることもあることを想定しているようです。→適用指針の設例2を参照
そうであるなら、あらかじめ回収可能な金額で契約を結べばよいではないかとも思われますので、この要件を当然に満たさない取引がある場合は要注意です。その場合は、(4)の要件も満たしているかどうか入念なチェックがいるでしょう。
(6)については、契約が文書になっていない場合などに、法的強制力が果たしてあるのかないのか法的な検討が必要になるかもしれないので、専門部署ないし顧問弁護士とも相談した方がよいでしょう。
②具体的にはどうやって契約を識別するの?
19項は契約を概念的に規定しているだけなので、具体的にどうやって契約を識別するのかはわかりにくいですが、まずはひとつひとつの契約書なり注文書に着目することになるでしょう。
しっかりした契約書がある場合は、通常(1)~(3)は明らかにされているはずです。ところが、注文書単独では必ずしも明らかでないケースもあるかもしれません。特に(3)の支払条件は記載されていないこともあるのではないでしょうか。取引基本契約書があるのであれば、そちちで明らかになる場合もありますし、ただ慣行として暗黙の了解で決まっている場合もあります。その場合は、当該要件を証明するのに少し苦労されるかもしれません。つまり、当該慣行がずっと続いてることを記録などで証明できなければなりません。
どちらの場合も(4)と(5)についてはどうでしょうか?これは文書からだけでは容易に判断できません。営業部門からあらかじめ取引内容をしっかり聞いて記録に残しておく必要があるでしょう。
③契約の結合って何?
ひとつの契約書または注文書が取引全体を表しているとは限りません。複数の契約書または注文書が同一の商業目的を共有している場合もありますし、単独で実施したのでは合理性がない場合もあります。例えば、ヒト型ロボットを製作することが商業目的だとして、契約書は手や足などのパーツごとに締結するかもしれません。ある取引は赤字覚悟で行い、別の取引との組み合わせで利益を確保するといったことも普通にあります。また、パッケージソフトウェアを販売しても、別途カスタマイズしなければ役に立たないこともあるでしょう。そのような場合は関連する契約書・注文書をとりまとめてひとつの契約として扱うことになります。
これもただ単に契約書や注文書を見ただけでは通常は分かりにくいので、やはり営業部門からあらかじめ聞いておく必要があります。
④契約の変更があった場合の会計処理は?
契約の範囲または価格(あるいはその両方)に変更がある場合を契約変更と言いますが、ただ、当該変更の内容によって会計処理に違いが出てくるところが厄介です。簡単に言えば、すでに完了した履行義務に対応して認識した収益に影響させるかさせないかといった違いが出てきます。契約の変更があった場合には、営業部門から適当なタイミングで情報提供をうけないと売上金額を誤ることになるおそれがあります。
【内部統制上の課題】
以上のようにステップ1を検討するだけでも、相当にたいへんです。検討するにしても経理部単独ではまず不可能かと思われますので、営業部門なども巻き込んで検討していかなければなりません。
経理部は今まで以上に取引に関する知識が必要になりますし、営業部門は今まで以上に経理部に対する情報提供が必要になります。そのためには、経理部と営業部門の密なコミュニケーション体制を構築しなければなりません。また、コミュニケーションは一つの取引について一度だけ行うとは限らず、変更があった場合にも都度行わなければなりません。
営業部門から経理部へ必要な情報が適当なタイミングで伝わるためには、どのような内部統制上の手当てが必要なのか?また、経理部はその情報を鵜呑みにするだけでなく、しかるべき検討ができるセンスやスキルも求められます。対応が必要な会社は真剣に考えなければなりません。
次回、ステップ2(履行義務の識別)につづく。
JIM ACCOUNTING
名古屋市名東区にある公認会計士・税理士事務所です。
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